そもそもそんな印象持つ以前に、そんな大学院があったんですね! なんて思われても仕方ないかもしれないですね・・・
大学院留学対策情報ってことで、TOEFLのこととか書こうと思ったのですが、TOEFL対策ブログは他にたくさんあると思うので、まずは公共政策大学院選びからスタートしたいと思います(あとでTOEFLについては書くかもしれません)。
公共政策大学院の目的は、ひとえに
公共政策に関わるリーダーもしくは実務人材を育成する
という点に尽きます。
ここで、おそらく日本とアメリカで大きく異なるのが、「公共政策に関わる」という部分の解釈でしょうか。
日本では、公共政策に関わるのは、政治家や国家・地方公務員であるケースが依然として主流です。一方、アメリカでは、政治家や連邦政府や地方(州・基礎自治体)政府職員ももちろん主要なプレイヤーですが、NPOやNGOも存在感が大きく、大企業やコンサルティングファームも、「政府渉外」と呼ばれる部門をもち、専門的な知見を持つ人材を確保しようとする意欲が高いです。
実際、私が卒業したミシガン大学フォードスクールでは、連邦・地方政府への就職が2割強に対し、6割ほどがNPO、企業、コンサルに就職しています(2016年卒の実績)。ハーバード大学ケネディースクールなども、やはり6割程度がNPOや民間企業に就職しています。
“出口”がこれほど多様なので、“入口”も実に多様でした。
私の同級生の入学前のキャリアは、学部卒業後に数年間NPOで働いていたというケースが最も多かったのですが、NPOとひと口に言っても、“Teach For America”という、一流大学の学部卒生を貧困等で教育が困難な地域に派遣するものから、地方政府に実際に政策提言するシンクタンクに近いものまでさまざまでした。連邦議員の秘書という人も何人かいましたし、退役軍人や、一流コンサルでの勤務経験者もいました。レストランの従業員という人も!
出身学部も、日本で公共政策を志す人が多く専攻する法学や経済学といった人はむしろ少数派で、社会学、文学、心理学、生物学・・・見事にバラバラでした。
次に「人材育成」ですが、このように多様なバックグラウンドを持つ人に、公共政策に携わる人材として最低限必要とされる汎用技能を身につけさせるようなカリキュラムになっており、
まず、メモ。これはどのスクールも、かなり力を入れています。
メモ、というのは、”policy memo”と呼ばれるもので、あるトピックについて背景や論点を整理し、「だからあなた(上司)はこうすべきである」という結論をまとめた、レターサイズ(日本でいうとA4)1枚から多くて2枚の書類です。
このメモは、独特のフォーマットが存在し、内容のみならず英語表現そのものも「必要十分」、つまり「簡潔で、それでいて伝えるべき内容に漏れがない状態」でなければなりません。なにせ忙しい上司に数分ですべてを理解してもらわないといけないわけで。
内容と英語表現の「必要十分さ」に関しては、ネイティブスピーカーでも苦労している人も多かったですね。メモについては、英語学習という点でも非常に興味深いものが多かったので、後日あらためて詳述したいと思います。
次にミクロ経済学。フォードスクールの必修科目は、レベル的には学部初級から中級程度ですから、経済学部出身の私からすると、正直、多少拍子抜けした面はありました。しかし、「どのような政策が、どの経済主体に、どのような影響を及ぼすか」という点を中心にうまくまとめられており、初学者にとってはきわめて実践的で必要十分な内容にまとめられていました。加えて、「費用(コスト)・便益(ベネフィット)分析」という、政策の費用と便益を数値(ドル換算)で評価する手法を学ぶ科目も必修とされており、実際にExcelで政策評価シミュレーションを行うなど、まさに「すぐに役立つ経済学」といった組み立てとなっていました。
次に数学と統計学。数学は、ミクロ経済学と統計学でも必要とされる程度の微分・積分が中心でした。日本の文系高校生レベルですが、アメリカでは中学・高校と履修科目をかなり自由に選べるため、日本のように「みんな微分・積分を計算したことがある」ということはありません。なので、「微分って何!?」という状態の人を「合成関数の微分(Chain Ruleといいます)」や「ラグランジュ方程式の解法」ができるようになるまで訓練するような内容となっていました。
統計学・計量経済学も、日本の経済学部1年から2年前期で学ぶ内容をコンパクトにしたもので、やはり実践に主眼が置かれ、統計学では仮説検定の方法と解釈、計量経済学では初歩的なSTATAのプログラミングに加え、得られた推定値の解釈の仕方が重点的に扱われていました。
アメリカでは近年「エビデンス(証拠)に基づく政策」という政策立案・評価が主流となっており、政策のコストとベネフィットを定量的に表すことが重視されています。そのため、それに必要不可欠ななミクロ経済学・統計学・計量経済学の「使える」知識と技能を手っ取り早く身につけさせるようになっています。
最後に倫理ですが、これは日本で数年前に爆発的に流行した、マイケル・サンデル教授の「これから『正義』の話をしよう」の内容と同じで、フォードスクールでは“Values and ethics(価値と倫理)”という科目名でした。
有名な「5人を救うために1人が確実に死ぬ政策は正義か」という命題について議論することから始まり、J.ベンサムやJ.S.ミルの功利主義(utilitarianism)や、J.ロールズの「正義論」などの理論をおさらいした上で、例えばワクチン、遺伝子組み換え作物、地球温暖化など、実際の政策に応用して議論するという内容でした。
これが最も「アメリカらしいなぁ」と感じた科目で、実際アメリカ人学生も生き生きしてたようにみえましたよ(ノンネイティブの私にとっては最もキツい科目だったかも・・・)。
このように、アメリカの公共政策大学院が、使える人材を育成する「職業訓練校」という位置づけであることがお分かりいただけるかと思います。
日本では「公務員試験」が、公共政策に携わるにあたって志願者が一定レベル以上の専門知識と社会常識を備えているかをスクリーンしていますが、アメリカでは一律の試験はありませんから、こうした大学院がその役割を果たしているということになります。
そして、先に何度も強調した通り、公共政策大学院では、教育内容は徹底して実用的・実践的であるようデザインされています。これは、「公共政策を担う人材がいわゆる公務員に限定されない、むしろ民間のほうがマジョリティ」というアメリカの制度的・社会的な事情からの要請を反映していると言えるでしょう。
公共政策に関わるリーダーもしくは実務人材を育成する
という点に尽きます。
ここで、おそらく日本とアメリカで大きく異なるのが、「公共政策に関わる」という部分の解釈でしょうか。
日本では、公共政策に関わるのは、政治家や国家・地方公務員であるケースが依然として主流です。一方、アメリカでは、政治家や連邦政府や地方(州・基礎自治体)政府職員ももちろん主要なプレイヤーですが、NPOやNGOも存在感が大きく、大企業やコンサルティングファームも、「政府渉外」と呼ばれる部門をもち、専門的な知見を持つ人材を確保しようとする意欲が高いです。
実際、私が卒業したミシガン大学フォードスクールでは、連邦・地方政府への就職が2割強に対し、6割ほどがNPO、企業、コンサルに就職しています(2016年卒の実績)。ハーバード大学ケネディースクールなども、やはり6割程度がNPOや民間企業に就職しています。
“出口”がこれほど多様なので、“入口”も実に多様でした。
私の同級生の入学前のキャリアは、学部卒業後に数年間NPOで働いていたというケースが最も多かったのですが、NPOとひと口に言っても、“Teach For America”という、一流大学の学部卒生を貧困等で教育が困難な地域に派遣するものから、地方政府に実際に政策提言するシンクタンクに近いものまでさまざまでした。連邦議員の秘書という人も何人かいましたし、退役軍人や、一流コンサルでの勤務経験者もいました。レストランの従業員という人も!
出身学部も、日本で公共政策を志す人が多く専攻する法学や経済学といった人はむしろ少数派で、社会学、文学、心理学、生物学・・・見事にバラバラでした。
次に「人材育成」ですが、このように多様なバックグラウンドを持つ人に、公共政策に携わる人材として最低限必要とされる汎用技能を身につけさせるようなカリキュラムになっており、
- メモ(上司への報告書)の書き方
- ミクロ経済学
- 数学・統計学・計量経済学
- 倫理・価値・正義
まず、メモ。これはどのスクールも、かなり力を入れています。
メモ、というのは、”policy memo”と呼ばれるもので、あるトピックについて背景や論点を整理し、「だからあなた(上司)はこうすべきである」という結論をまとめた、レターサイズ(日本でいうとA4)1枚から多くて2枚の書類です。
このメモは、独特のフォーマットが存在し、内容のみならず英語表現そのものも「必要十分」、つまり「簡潔で、それでいて伝えるべき内容に漏れがない状態」でなければなりません。なにせ忙しい上司に数分ですべてを理解してもらわないといけないわけで。
内容と英語表現の「必要十分さ」に関しては、ネイティブスピーカーでも苦労している人も多かったですね。メモについては、英語学習という点でも非常に興味深いものが多かったので、後日あらためて詳述したいと思います。
次にミクロ経済学。フォードスクールの必修科目は、レベル的には学部初級から中級程度ですから、経済学部出身の私からすると、正直、多少拍子抜けした面はありました。しかし、「どのような政策が、どの経済主体に、どのような影響を及ぼすか」という点を中心にうまくまとめられており、初学者にとってはきわめて実践的で必要十分な内容にまとめられていました。加えて、「費用(コスト)・便益(ベネフィット)分析」という、政策の費用と便益を数値(ドル換算)で評価する手法を学ぶ科目も必修とされており、実際にExcelで政策評価シミュレーションを行うなど、まさに「すぐに役立つ経済学」といった組み立てとなっていました。
次に数学と統計学。数学は、ミクロ経済学と統計学でも必要とされる程度の微分・積分が中心でした。日本の文系高校生レベルですが、アメリカでは中学・高校と履修科目をかなり自由に選べるため、日本のように「みんな微分・積分を計算したことがある」ということはありません。なので、「微分って何!?」という状態の人を「合成関数の微分(Chain Ruleといいます)」や「ラグランジュ方程式の解法」ができるようになるまで訓練するような内容となっていました。
統計学・計量経済学も、日本の経済学部1年から2年前期で学ぶ内容をコンパクトにしたもので、やはり実践に主眼が置かれ、統計学では仮説検定の方法と解釈、計量経済学では初歩的なSTATAのプログラミングに加え、得られた推定値の解釈の仕方が重点的に扱われていました。
アメリカでは近年「エビデンス(証拠)に基づく政策」という政策立案・評価が主流となっており、政策のコストとベネフィットを定量的に表すことが重視されています。そのため、それに必要不可欠ななミクロ経済学・統計学・計量経済学の「使える」知識と技能を手っ取り早く身につけさせるようになっています。
最後に倫理ですが、これは日本で数年前に爆発的に流行した、マイケル・サンデル教授の「これから『正義』の話をしよう」の内容と同じで、フォードスクールでは“Values and ethics(価値と倫理)”という科目名でした。
有名な「5人を救うために1人が確実に死ぬ政策は正義か」という命題について議論することから始まり、J.ベンサムやJ.S.ミルの功利主義(utilitarianism)や、J.ロールズの「正義論」などの理論をおさらいした上で、例えばワクチン、遺伝子組み換え作物、地球温暖化など、実際の政策に応用して議論するという内容でした。
これが最も「アメリカらしいなぁ」と感じた科目で、実際アメリカ人学生も生き生きしてたようにみえましたよ(ノンネイティブの私にとっては最もキツい科目だったかも・・・)。
このように、アメリカの公共政策大学院が、使える人材を育成する「職業訓練校」という位置づけであることがお分かりいただけるかと思います。
日本では「公務員試験」が、公共政策に携わるにあたって志願者が一定レベル以上の専門知識と社会常識を備えているかをスクリーンしていますが、アメリカでは一律の試験はありませんから、こうした大学院がその役割を果たしているということになります。
そして、先に何度も強調した通り、公共政策大学院では、教育内容は徹底して実用的・実践的であるようデザインされています。これは、「公共政策を担う人材がいわゆる公務員に限定されない、むしろ民間のほうがマジョリティ」というアメリカの制度的・社会的な事情からの要請を反映していると言えるでしょう。
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